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文化はたくさん、人類はひとつ

サビーヌ・レイトナー著・長谷川涼子訳

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数年前、トマス・バルメスのドキュメンタリー「ベイビーズ-いのちのちから-」を観ました。モンゴル、日本、カリフォルニア、ナミビアの4人の赤ちゃんの人生最初の1年を追ったものです。ナレーションは一切なく、映像で語られるこの4つの文化の間に横たわる巨大なコントラストを浮き彫りにしています。この4人の赤ちゃんがたった1年で、この惑星の上で全く異なった人生経験を送ることを見るのは驚きです。そしてこの事は、この子たちがその後の人生で世界を理解し、そこで生きていく方法に、間違いなく大きく影響するでしょう。

私たちはみな、想像以上に文化に影響され、その養育方法に条件付けられています。アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトによると「人間社会や人間を区別する決定的な違いは生物的なものではなく、文化的なものである」といいます。文化的な環境は、正しいもの、許容できるもの、健康に良いもの、普通のもの、危険なもの、安全なもの、礼儀正しいものなどを伝えてくれます。さらに、私たちの好みを形作り、意見を形成し、何を学んで何を学ばないかを決めます。私たちの価値基準に影響を与え、考え方、感じ方、行動にも作用するのです。

私たちの文化的な状況は私たちが知っているものであり、普段はそれに対してほとんど疑問を抱きません。私たちの文化は、物事が「正しい方法」でなされているかを判断する際、私たちが参照するものです。自分が何かを学ぶ時のやり方を最善と信じ、必然的に他のやり方へしばしば否定的な評価をするのは、極めて人間的なことです。しかし、この誤解と対立に至る、極めて大きな要因が隠されています。先ほどのドキュメンタリーの赤ちゃんたちが明確に伝えてくれたように、出産、育児、子どもの安全を保つなどの方法は一つではないのです。何かをする方法はたくさんあり、それら全ての背景に論理と理由が存在するのです。

異文化における普通へ適応することは、歴史へ適応することでもあります。私たちは過去を現在の基準で判定しがちで、またそれを正しいやり方と考えがちです。しかし、L. P. ハートレイの小説 The Go-Between (※訳注1)の傑出した書き出しで簡潔に示されるとおりです。 “The past is a foreign country; they do things differently there.”(過去は異国である。そこでは物事は違うやり方で行われる)

では、私たちの常識と全く異なる、多くの場合は容認できない物事に対して、どのような態度で臨む必要があるのでしょう? どうすれば、「善悪(自分のモラルの指針であり、重要なものです!)」の感覚を保ちながらなお、決めつけに陥らずにいられるのでしょう? 個人的には、違っているものの調和は実際大変難しいということ、また受容は私たちに大変な努力を要するということを認識するのが、良い開始点だと思います。

私たちはみな、違いに対して恐怖を抱くことのない、深くて信頼できる自己意識を養う必要があります。私たちはみな、新鮮で偏らない目で違いを見るために、自分自身で考える方法を学ぶ必要があります。私たちはみな、愛の受容量を広げる必要があります。そして私たちはみな、私たちの違いの大半が「生まれたときの偶然」と覚えておく必要があります。つまり、もし別の環境に生まれていれば、全く異なった生き方考え方をしていたはずです。

これらはみな、身につけるのが難しいことであり、次のような疑問が沸いてくるでしょう。「この努力をするために、何が助けになりうるだろう?」次の2つが動機づけになりうるかもしれません。ひとつは真の必要性に根ざしたもので、私たちの世界はどんどん小さくなっており、「自分が生き、他人も生かしておく」余地が減っている現状を踏まえることです。もうひとつは、恐らく私たちの魂に内在する理想主義的な希望でしょう。ベートーヴェンの第九交響曲で不滅のものとなった、シラーの「歓喜の歌」です。「あなたの不思議な力が再び結び合わせる、/時流が厳しく分け隔てていたものを。/すべての人が兄弟となる、/あなたの優しい翼が憩うところで。」(※訳注2)

いつの日か、私たちはみな気づくでしょう。私たちは同じ人類の一部であり、民族、性別、文化、宗教、社会、その他の違いを超えてつながっているのです。私はそう確信しています。


※訳注1 『恋を覗く少年』『恋』の邦題で2回邦訳されているが、確認できなかったため訳者(長谷川)が訳出した。

※訳注2 平野昭の訳による(出典URL https://www.kateigaho.com/article/detail/152995


元記事URL↓
https://library.acropolis.org/many-cultures-one-humanity/

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