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女性性の英雄的象徴:エロスとプシュケーの神話

UK著・長谷川涼子訳

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この記事では、女性的な側面と象徴をもつ典型的な英雄の旅についてご説明します。象徴は自然のあらゆる段階に影響しており、つまり女性性はジェンダーや生物学だけのものではなく(とはいえ重要な鍵ではありますが)、あらゆる人間、あらゆる生物、感情から原型のレベルにいたるまでの森羅万象の中に女性性が生きているという認識を意味します。

一般的に、英雄といえば男性的な性質がなじみ深いものです。しかし、女性的な性質も、英雄的でスピリチュアルな旅に向き合うための独自の様式と試練をひと通り持っています。直感、不可視の世界との同化、開放と犠牲的行為を重視するため、こうした女性的シンボルは私たち全員に有効です。

ここでは特に、エロスとプシュケーの神話の中のプシュケーの旅に言及したいと思います。神話は、古代の神秘の学校におけるすでに忘れられた活動にその根を持つもので、それらのイメージや象徴は私たちの中で働いて深みをもたらし、人生における困難な局面や決断の助けになります。プシュケーが表すのは命(古代においてはよく女性性と結びつけられました)であり、神聖な愛を表すエロスとの合一に至る旅をするとされていました。この神性に至る旅は、自分を認識し、意識に目覚める過程を描いたものです。

この話は、平凡な日常世界、いわばトールキンが言うところの「ホビット庄」から始まります。これは、あらゆる物語の主人公たちが旅を始めるために去らねばならない家の象徴です。プシュケーの場合は、まだ見ぬ夫との結婚相手として生贄になることを告げる神託でした。街じゅうが嘆き悲しむ中、プシュケーは自らに課せられた使命をしっかりと受け止めます。これこそが最初の教訓で、つまり神の意志を受け入れ、避けがたい運命に身をゆだねることでした。

高い崖の上に残された後、プシュケーは妖精の国のまだ見ぬ夫の城へいざなわれます。夫は毎夜彼女を訪れますが、彼女は夫を直接見ることを禁じられました。この無知と幸福の中に永遠に留まることもできたでしょうが、その婚姻は意識に目覚めていないものでした。ある時、彼女は夫が眠っている間にその姿を見ることに決めました。彼を見た時、彼女は相手が神エロスであることを知ると同時に、城やその他の全てとともに彼を失いました。幻の婚姻は失われたのです。一見、命が全てを失ったかに見えますが、同時に、無知を拒む代わりに神聖な愛たるエロスの真の姿を知ったのです。快適さと受身を捨てるこの瞬間は、あらゆる英雄神話の要点であり、女性性の原型にも存在するものです。エロスを見ることで閃いたプシュケー(命)は洞察力を得、幻想を捨てて神との合一に至る旅が続くことになるのです。ひとたび「ホビット庄」を後にすると、私たちは無数の試練にさらされ、無知を拒むことで苦痛や苦悩、損失を受けます。これらは、女性性の主人公たちと多く共通するものです。

この時から、プシュケーは愛の女神でありエロスの母であるアフロディーテと向き合わざるを得なくなります。アフロディーテによる最初の試練は、彼女の倉庫で「穀物を選り分ける」というもので、様々の種類が入り混じった巨大な山からそれぞれに選り分けねばならない、不可能な仕事でした。アフロディーテは人間の身でそれができる者がいないと知っていましたが、この神話では、アリがプシュケーを助けに来てくれ、その後の試練でも同様に、他の色々な生き物が助けてくれました。プシュケー(命)は自然の助けだけでなく、自然との調和にも理解があります。この試練では、命は混乱と無秩序をもたらす無分別(穀物に象徴される)を制御します。次なる試練では、突進してくる羊たちから安全に金の羊毛を取れるよう、水の精ニンフがプシュケーに必要な教えを授けます。ここから、命が時宜に適って任務を達成するため、自然の中の異なったリズムとサイクルに耳を澄ませて理解する様子が見て取れます。次の試練では、ゼウスの鷲が彼女の上を飛び回り、恐ろしい川へ飛び込んでプシュケーの盃を満たします。ここからは、英雄の旅において、命が解決策や前進の道を得るためにしばしば天の高みへ飛び上がねばならないことが思い起こされます。鷲の存在は、進歩のために命が神の支援に接続する能力を表しています。

最後の試練は黄泉へ降りてゆくことでした。意識を目覚めさせるためのこの旅は暗闇の中で行われることが多く、プシュケーは一人で挑みました。この旅に備え、命は、様々な動物に表される性質、自分の外部への意識の拡張、直観の発達、神の導きへの接触を得て、良く準備されてきました。この最後の試練をプシュケーはほとんどやり遂げるところでしたが、エロスと会うために美しさを手に入れようという好奇心から、ペルセポネーの箱を覗いてしまいました。しかし、それは美しさでなく、恐ろしい眠りだったのです……。この旅で彼女がやることをやり尽くした後、神の愛たるエロスが来て彼女を眠りから起こします。これは、神性もまた命の表現欲に力を貸すということを象徴しています。命とその神性の片割れである彼らは互いに結ばれ、天国で結婚するのです。

命の世界への内なる動きは、しばしば私たちの中の女性性の原型、つまり未知の世界からの贈り物と洞察力をもたらす直観的で理解力のある性質と関係します。最大の絶望と喪失に襲われる試練の時、私たちは内なる旅を通じて、新しい光の中で何かを学んだり見出したりします。その光は、私たちの英雄的な旅のあいだ、困難を克服し、物質的な限界を超える助けとなるのです。


元記事URL↓
https://library.acropolis.org/heroic-symbols-of-the-feminine-the-myth-of-eros-and-psyche/

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