その1では、ローマ史における特筆すべき、しかし忘れられた姿を見てきました。今回は、ユリアヌスの哲学的原則と内なる生き方の実践をまとめます。
恐れを知らない魂
ユリアヌスは、幾人もの師の導きのもと、偉大な哲学の原則、特に倫理の原則に従ってきました。それらを通して、彼は自らの身体と精神を完全に制御することを学びました。彼はシンプルな、ほとんど禁欲的な生活を送り、自らには厳しく、他人には穏やかに接しました。いつも寒い部屋で、簡易な藁のマットで眠っていたため、北部の冬に慣れるのもたやすいことでした。食べ過ぎることはほとんどありませんでした。食事は調味料のない質素なもので、肉はほとんど食べず、食べるのも公式の祝いの席だけでした。富を軽蔑し、あらゆる贅沢を避け、欲望や情熱に流されることを良しとしませんでした。目の前に現れた運命をストイックに耐え忍びました。怒り、不機嫌、復讐心に支配されることはありませんでした。いつも自らが進歩・改善するよう努力しました。自由な人間であれば他人を従えるということはありえないため、人に自分を主人扱いさせませんでした。祈るためでなく皇帝に会うためだけに寺院に行く人間を軽蔑しました。人間でなく神々を崇拝するよう求めました。
彼がひとたび何かに確信を持った時は、彼が自らの過ちを正直に明言するのでなければ、その考えを捨てさせるのは困難でした。それを扱いにくい性格と考える人もいましたが、他の人の目には単純に一貫性のある人と映りました。彼は商人たちが法外な値段で品物を売ることを許可せず、また、腐敗した役所による支配を一掃しました。
彼は具体的に、はっきりと話しました。世俗的な暮らしの楽しみよりも、古典の英雄や哲学者太刀の理念を好みました。彼は自らを「恐れを知らない魂」を与えられたと言っています。これほど自立的で英雄的な魂は、人類史の中でも多くありません。全ローマ時代においても、道徳的な誠実さで彼に並ぶのはマルクス・アウレリウスだけです。しかしながら、こうした偉大さ全てをもってなお、彼は自分自身を師の謙虚な弟子としか考えていませんでした。
ヘリオスの息子
ユリアヌスは太陽神ヘリオスやミトラの秘儀を受け継いでいました。そのため、その秘儀の知識を部外者に漏らさない責任があると考えていました。
彼にとって、ヘリオスは単に目に見える太陽というだけではありませんでした。ヘリオスもまた、ある意味では人間と同じ生きた存在であり、存在の三段階に属しているのです。つまり精神(神性や神の段階)、知性(人間の段階)、物質です。ヘリオスはまた、プラトン主義の最高神、太陽のロゴス、あらゆる人間の父(肉体的な父親は体を与える存在にすぎないため)の化身でもありました。自らのすること全ては、最高神を通じてヘリオスの、そしてヘリオスの保護下にある全ての魂とつながり、やがて最高神と合一するための奉仕であると、ユリアヌスは考えていました。
「私は王なるヘリオスの支持者である。そして、そのことについて、私の中に、私だけが知っている証拠があるが、それは私が示しうるよりさらに明らかなものだ。」『王なる太陽への賛歌』
Requiescat in pacem(安らかに眠れ)
「人類の中で至高の人物、完璧な生涯を求めた人物は死んだ。善という名誉もまた彼と共に死んだ。野蛮人や無法な人々の横柄な群れは蔓延している……聖なる法を回復した人物、醜い場所に美しさを打ち立て、我々の寺院に命を吹き込み、祭壇を建て、一度は影に覆われた僧侶たちを集め、倒れた塔を起こした人物は死んだ……その死は早すぎ、彼が世界になした善を我々は辛うじて実感したにすぎず、我々はいまだ彼の魂を充分に知ってはいない。我々にとって彼はあらゆる地を飛び回った不死鳥だったが、彼は大地や寺院にとどまらず、我々人間が彼をはっきり見ることは叶わなかった。そして今、彼が我々に与えた幸せは消え失せたように思える。ここには何も根付くことはできないだろう、なぜなら悪がふたたび全を打ち倒し、力を盛り返してしまったと、私は確信しているから。彼の生涯の輝かしい手本の後で以前の暗闇に戻るよりも、自立からくる調和を知らないまま暗闇の中に住み続けた方が、我々には幸せだったのではないかと思える」(ユリアヌス帝へのリバニウスの弔辞)
ユリアヌスの死によって、ローマ帝国の理念もまた滅びました。古代の文化は、二度目の黎明の後、千年の暗闇に入りました。理性の信念、人間の信念は消えました。道徳、論理、弁証法は、古代ギリシア社会の生活の中から永遠に駆逐されました。画一性が広められ、違いによる豊かさ、人間の内なる自由の光は破壊されたのです。
ユリアヌス帝の著作
『皇帝饗宴』
『ガリラヤ人どもを駁す』
『ミソポゴン』
『アテネ人への手紙』
複数の書簡
元記事URL↓
https://library.acropolis.org/emperor-julian-apostate-or-hero-of-philosophy-part-2/
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